近衛兵は動かない

イギリスの近衛兵は直立不動で微動だにしない。
もちろん呼吸くらいするだろうが、じっとしていることが彼らの仕事の一部なのだ。
そういう仕事を実はぼくもしたことがある。

都内某所。
全国からやってくる職員のために、ぼくは会場へいざなう案内板を持って立っていた。
20メートルほど向こうには、同期がやはり案内板を持って立っていた。
向こうの角を曲がったところには、また別の同期が立っていただろう。

通りゆくひとのほとんどは、こちらを一瞥するのみである。
そして、ぼくたち事務職員はだいたい現場職員から嫌われていたので、すれ違いざま「立っているだけでラクでいいな」と嫌味を言われることもあった。
しかし、立っているだけというのは意外と結構かなりキツい。
レジでもライン作業でも、立ちっぱ仕事の経験者にならきっと同意を得られるだろう。
退屈な、セルフエコノミー症候群予備軍。

そこでぼくは、イギリス近衛兵になったのである。
案内板を持ったまま、直立不動で微動だにしない。
向こうに見える同期は身体をゆらゆら、体重移動に暇がないが、こちとらイギリス近衛兵である。
どんなに血流が滞っても、屈伸をしない。
それはまさに、ひとりフラッシュモブ。
ひとりマダム・タッソー蝋人形館。

そんな遊びを1時間ほどやっていたら、先輩職員が「もういいよ、おつかれさま」と案内板を回収しにきてくれたのが、いまから10年ちかく昔のことである。

先日、久しぶりにジョギングをしたら、シラサギが田んぼの真ん中でじっとしていた。
獲物を狙っているのか、眠っているのか、ゆうべ飲みすぎて後悔しているのか、知らない。
まさかイギリス近衛兵になっているなんて、誰もおもわない。