客の分(ぶ)

なんとなく通っているうちに店員さんと顔見知りになり、お互いの名前も覚え、食事をするほどではないけれど、世間話や趣味や家族の話をするといった関係が、ある。

そりゃあ、先方は客商売なのだから、会話をすれば愛想がいいに決まっている。
でも、「ようこそお越しくださいました」というより、「こんにちは」という感じ。
こちらもまた、大して売上に貢献していない自覚を持ちつつ、「こんにちは」という感じ。

ぼくにはこんな「こんにちは」の塩梅がとてもありがたい。
そうしてこんな塩梅を育むものは、馴々しい店員の性格でもなければ、図々しい客の態度でもなく、人間同士の相性と、ある程度の時間(期間)だと思っている。
タイトルの「客の分(ぶ)」は、「お客はエライ」とまるきり逆の思惑で書いたものだ。

こんな風に生まれた関係は、何と呼ぶのだろう。
友人でも家族でも同僚でもなく、さりとて知り合いと呼ぶにはちょっと寂しい。
ぼくの一方的な思い込みだろうか。(可能性は多分にある)

ちなみに糸井重里氏は、髪を切ってもらっている時に一言も喋らないと決めているそうだ。
価格であれ賃金であれ、通貨が介在する社会において、お金の流れる方向は意識せざるを得ない。
客の分(ぶ)をわきまえながらも、ゆっくり曖昧になれたらいいな。