合同作品展のお知らせ

このたび「好きなもの 集めたら」と題し、私を含む6名で合同作品展を開くこととなりました。展示内容は写真、タイポグラフィ、万年筆画など多岐にわたり、私は写真(近代小説の心象風景、およびキャプション)を展示します。
決して大掛かりなイベントではありませんが、春頃からみんなでコツコツと進めてきたものです。1階は居心地のいい古本屋さん(カフェ)になっており、お茶でも飲みにお立ち寄りいただければ幸いです。


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こちらからフライヤーのPDFをダウンロードいただけます。


□ 会期 □
平成24年10月13日(土)〜20日(土)
11時〜19時(最終日は18時まで)
□ 会場 □
FOLK old book store
〒541-0046 大阪市中央区平野町1-2-1 地下1階


 

 

場所がちょっと分かりにくいかも。
堺筋本町から環状線沿いに北へ、もしくは北浜から南へ歩くとよいです、たぶん。迷子になったら会場へお電話(06-7172-5980)ください。

ニッチな歯車

自転車には「プーリー」と呼ばれるパーツがある。自転車の後輪側の変速機(リアディレーラーという)に組み込まれているスモールパーツだが、自己責任で他社製品に交換することもできる。こんな小さな歯車ふたつが、自転車市場では商品として成り立っているのだからすごい。

気になるお値段はピンからキリまで様々。もともとリアディレーラーに組み込まれているのだから、わざわざ買い替えるユーザーのほうが稀である。ちなみに私の知る最高級品はTisoのチタンセラミックプーリーで、2万6880円。

さて「ものすごく性能の良いホイールが20万円で買えたなら明らかに安い」という認識を有する自転車乗りの感覚からして、このチタンセラミックプーリーは安いのか高いのか。答えは「明らかに高い」。ものすごく高い。

数字だけ見れば買えない額ではない。でも、私は買わない。プレゼントされても(されないけれど)困惑するだろう。本当に欲しくないのだ。どうせなら7千円弱のセラミックボールベアリング内蔵プーリーのほうが欲しい(生々しいな……)。

そんな「宝くじが当たっても買わないレベル」のチタンセラミックプーリーに出会ったのは5年前のことである。サイクルクリエーションさんの展示会で見たそれは立派な化粧箱に納められていた。手に触れることもできた。その時、私は感動したのである。その美しさに、機能美に、豪奢っぷりに。存在そのものが嬉しかった。

以来、自転車媒体にプーリーが載っていると真っ先に目が行くようになった。先日発売されたサイクルパーツ・オールカタログ2012にも載っている。227ページに燦然と輝くさまを是非ご覧いただきたい。

ところで「魅惑のプーリー大特集!」なんて企画を出したら、一体何人の編集者が私を正気と捉えてくれるだろう……。

カラフルをシンプルに

揚げたてのポテトチップスやじゃがりこが食べられると評判のアンテナショップ『カルビープラス』。そのロゴを見てGoogleのトップページを思い出したのは私だけでないはず。

両者ともシンプルながらカラフルで、バランスがいい。なぜだろう。美しいものには、きっと共通点があるはずだ。

◆『カルビープラス』の店舗

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◆Google Chromeから見た『Google』トップページ

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文字数は『Calbee』と『Google』、それぞれ6文字で共通している。頭文字が大文字になっている点も見逃せない。本来、カルビーのロゴは赤一色で、フォントもイタリックである。色を増やした分、フォントを落ち着かせたと考えられる。

色の種類はカルビープラスの『+』とGoogleの『日本』を含むと、青、赤、黄、緑、赤、灰、白の7色でこれまた同じ。『灰』の位置と、背景の『白』は、言わずもがなの共通点だ。

これだけでもう『文字数』『頭文字』『色数』『灰の位置』『背景』と、5つの共通点が見いだされる。偶然とは思えない。私はデザインの門外漢であるが、本職の方は、ひとつひとつ色を並べてバランスを整えるのだろうか。それとも、黄金比や白銀比のように、色の並びにも法則があるのだろうか。

両者を見比べるうちに、色の順番にも共通点があらわれた。

カルビープラスは左から順に、赤、緑、青、黄、赤、緑、(灰)。Googleは左から順に青、赤、黄、青、緑、赤、(灰)。カルビープラスの配色は、Googleのそれと逆方向になっている。

唯一『Calbee』最後の『e』を青でなく緑にしたのは意図的なものだろう。仮に当該『e』を青にすると、何となく重たい雰囲気になる。少なくとも「揚げたてのポテトチップス」の色ではない。

色の使い方では、カルビープラスは大文字の赤から始まり、Googleのそれは青から始まっている。そして、両者とも先頭に使った色を2回使用している。一方、黄はいずれも1回しか使われていない。全体で比較すると、こうだ。※灰と白は割愛

Calbee:Google
赤=2:2
緑=2:1
青=1:2
黄=1:1



こうして見ると、違っているのは緑と青だけで、それも「どちらを2回使うか」の問題だ。色に関して言えば、もはや「同じ考え方でデザインされた」と結んでいいだろう。

それでは、なぜこの4色なのか。その答えはあまりにも身近だった。いま私たちが目にしている、そのものである。CMYKとRGB。デジタルカメラやプリンタのインクやらで、誰でも一度くらい耳にしたことがあるのではなかろうか。

一般に印刷業界ではCMYKと言って、

Cyan=青
Magenta=赤
Yellow=黄
Key Plate=黒

 

の4色を使って色の表現をする。
「色の三原色」と言ったほうが分かりやすいだろう。ここで言う黒は補色と考えていい。そしてデジタルカメラなどで使われる「光の三原色」がRGB、すなわち、

Red=赤
Green=緑
Blue=青

 

である。
CMYKとRGBを全て合わせると、青、赤、黄、緑。先の4色と合致する。冒頭で抱いた疑問、なぜ見やすいのか。その答えのひとつは「原色だから」に落ち着いた。しっかりと余白を取って、原色で描く。一見するとカラフルな文字列は、最もシンプルな4色に限定されていたのだ。しかし、個人的な疑問は残る。先に書いた通り、私はデザインの門外漢なので、色の並び順に関しては答えが見つからない。CMYKとRGBに見る4色は、カルビープラスやGoogleの順序でなくてはならない理由があるのだろうか。じゃがりこを肴にググってみたが、それらしい解答は見つからなかった。

自転車の大掃除

久しぶりにバイクを洗車した。
MTBは夏にオーバーホールをしたから、今回はロードと折り畳みの2台。

シーズンオフというにはまだ早い奈良の冬。このタイミングで洗車というのは、メンテナンス系の原稿を書いていたら自分もやりたくなったという、読者の鑑みたいな動機である。

さてひとくちに洗車と言っても、フレームのから拭きからオーバーホールまで様々で、ロードでやったのは以下の通り。

・バイク全体の拭き掃除
・チェーンの洗浄、注油
・スプロケットの分解、洗浄
・クランクの分解、洗浄、グリスアップ
・前後ホイールのハブの洗浄、グリスアップ

箇条書きにすると簡単に見えるが、思ったより時間がかかった。でも、自分のバイクであるし、じっくりやっていて楽しかった。そして、洗浄にあたって使用した工具・ケミカルは以下の通り。

・メンテナンススタンド
・ディグリーザー
・オイル
・グリス
・ウエス
・100円で買った注射器
・4、5、6、8、10mmアーレンキー
・千枚通し
・プラハンマー
・スプロケット外し
・ロックリング外し
・モンキーレンチ

先に挙げた項目にあって、どれが欠けてもメンテナンスはできないが、特に活躍してくれたのはトピークのメンテナンススタンド「プレップスタンド エリート(公式サイトにとびます)」だ。これは、チームミヤタでメカニックをしていた添田英雄さんの取材をきっかけに購入したもの。当時の取材内容もやはりメンテナンス系で、実際にバイクを洗車しながらコツや注意点を解説していただいた。

その時に「10万円のホイールを買う人は多いが、数万円のメンテナンススタンドを買う人は少ない」と言っておられたのである。恥ずかしながら当時の自分がそのご多分に漏れず、実演という形でメンテナンススタンド(その時はパークツールをお使いだったと記憶している)の使い勝手を目の当たりにしたことから購入に踏み切ったのだった。

バイクを好きな高さに固定して、そこから向きを変えたり角度を変えたりできるというのは想像以上に便利なものである。もちろん、有効活用には相応のスペースが必要だが、そんなスペースを確保できる環境にあるなら持っておいて損はない。

ところで今回はカンパニョーロの純正グリスを使って各部のグリスアップを行った。カンパニョーロが純正グリスを出したのはここ数年で、それまではシマノユーザー・カンパユーザーを問わず、グリスといえばシマノの通称「デュラグリス」がド定番だった。それまでもカンパニョーロの純正グリスは存在こそしていた(完組ホイールのハブ内等)ものの、市場には流通していなかったのである。そんなご大層なグリス(値段も高い)を1年以上前に買って、実は今回初めて使用したのだ。

ちなみに先のリストにある「100円で買った注射器」は、グリスをつめてベアリングの間に注入する時に使った。一般的なグリスガンよりも細かく使えるので便利。

注油は洗車の最後に行う。
チェーンへの注油後、余分なオイルを拭きとる前に、私はなんとなく浸透時間を多めに設けている。試乗も兼ねて、チェーンが暴れないようにゆっくりと町内を周回するのだが、この時間が一番気持ちがいい。
※この際、フロントのギアをアウターに入れておくと、汚れても拭き取りやすい

砂塵が取り除かれ、オイルが浸透したチェーンは無音である。漕ぎ出しは当然軽い。今回はスプロケットやチェーンリングの「歯と歯の間」まで拭いたので、満足度はいよいよ高く、そのまま余分なオイルを拭き忘れたまま室内保管したことを今、思い出した。……明朝、から拭きをしよう。

ひもについて

私は「ひも」が苦手だ。
「女のひも」になって生きたくないなどという意味ではなく(そうして生きたいわけでもないが)、靴ひもや、ロープや、糸や、イヤフォンコードや、電源コードや、とにかくああいった手合いの「ひも」が苦手なのである。からまるし、ほどけない。

「ひも」に対して特定の感情を抱いたのは小学生のころだと思う。靴ひもの結びが下手で、実を言うと未だに綺麗に結べない。かた結びなら、オートマティックに完成するのだが。

奈良県サイクリング協会のイベント時、会議で使うような長机に協会の旗を結ぶ作業を手伝ったことがある。長机と旗はそれぞれ二つあって、その上辺二箇所、つまり合計四箇所に「ひも」を使って長机の脚と旗を結ぶのだ。

二台並んだ長机の左側から私が、反対側から他のスタッフが「ひも」を結んでいく。ところが私が結んだ「ひも」は、結んだハナからするする落ちていくではないか。何度か繰り返しているうちに、反対側から結んできた人がもう三箇所を結び終えて、私に告げた。

「……まだやってるの?」

こんな人間がよく自転車店でアルバイトをしていたものだと思うが(雇ったほうも驚いたはずだ)、それでも私の人生において「ひも」は大きなウェイトを占めていない。靴ひもがほどけたときは結びなおせばいいし、イヤフォンのコードがからまったときでも、時間をかけてゆっくりほどけばいい。急ぐ必要はない。

そんな、ウェイトを占めていない「ひも」でも、ごく稀に時間的観念を迫ることがある。私と、私以外の人間が関わったときがそうだ。奈良県サイクリング協会のイベント時のように。※爾来、協会イベントで「ひも」を結ぶ必要があるときは、私は他の作業に逃げていた

実はそれがつい先日の話で、さすがに堪えたものだから、日記のつもりでその情景を書こうと思った。前置きが長くなってしまった。

先日、日本人で初めて自転車世界一周を成した冒険家、池本元光さんに再会した(池本さんについては別のエントリに委ね、ここではあくまで「ひも」について話をする。私の感覚が新鮮なうちに)。

あるイベントが終わり、片付けを手伝おうと幌を手にしてはっとした。幌には「ひも」がついている。池本さんは「(片付けは)適当でいいよ」と声をかけてくださったのに、私は「絡まると面倒じゃないですか。束ねておきますよ」と格好つけて言ってしまった。

私が「ひも」を束ねようと手に取ると、糸はまるで魔法のように絡まり、たちどころに「かた結び」がいくつかできた。なぜだ。しかし慌ててはいけない。心を落ち着かせながら、自分で結んだ「ひも」をほどいていく。池本さんはてきぱきと他の部品を整理していく。

その場にいたのは池本さんと私だけではなかった。他にも手伝っている人がいて、何人かは私が自分で結んだ「ひも」をほどく作業を横目に見ていたのだろう、大体の整理が終わったころに、声をかけられた。

「まだやってるんですか?」

フラッシュバックというのだろうか、奈良県サイクリング協会のあの日が突然思い出された。驚きと呆れと哀れみが3:2:1の割合で混ざったこの表情に、私は何度となく出くわす。それは大抵「ひも」がらみである。そして、その「まだやってるんですか?」は、正確には「なぜ、まだやってるんですか」なのだ。大人同士の礼儀が「なぜ」を省く。思わず出てしまう言葉に精いっぱいブレーキをかけて、ようやく省略された「なぜ」なのだ。

聞いた人を責めるのではない。
「なぜ」と聞いてほしかったのでもない。
私が「ひも」に対して真剣に向き合ってこなかった、いわば自業自得なのだ。

池本さんは待ってくださった。しばらくして、私は私が絡めた「ひも」をほどき終え、まとめて束にした。

例の疑問文で少々ダメージを負ったものの、私の人生における「ひも」のウェイトに変化はないと思っている。今度の事件が自業自得だったとしても、だ。「ひも」と私の確執は、確執それ自体によって私の人生から一歩遠ざかっているのだから、差し引きゼロと考えるわけだ。事の本質は「ひも」に関する技術や経験ではなく、私の不器用さにあると思っている。私は、自分の不器用が最も顕著に表れるのが「ひも」であり、次点で「ボール(球)」だと認識している。

ここで「ひも」の技術習得は抜本的な解決に至らないという結論をもって本エントリを終了するが、ついでに何年も前から気になっていた事柄を併記しておく。それは高倉健の有名な台詞「自分、不器用ですから」について。なぜか印象に残っている。

演出家(そのCMの情景は忘れてしまったけれど)はおそらく「不器用にしか生きられない男が、不器用なりに正直に不器用を告白するシーン」を渋くしたかったのだろう。高倉健ならそれができる。しかし私には、不器用の告白が実際に渋いなどということは、どんなSFより現実感がない。

不器用が渋いだって? あり得ないだろう。不器用なんだから。
蛇足を地で行くように、このエントリも不器用に終わる。